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    富岡町の歴史

     富岡町は、阿武隈の山々を背に、太平洋を前にした海洋性気候を持つ夏は涼しく冬は温暖な非常に住みやすい地域で、歴史的に見ると、山間部から平地部にかけては石器時代から縄文、弥生の時代にかけての遺跡が多数残っており、また、海岸部に来ると古墳から奈良時代にかけての遺跡などがあり、さらに、中世以降は、町内の各所に土豪の居住した館跡が見られます。

     中世から近世にはいると、現在のいわき市に本拠をおいた「磐城氏」の勢力範囲に属し、以後幕藩体制の中では「岩城領」の行政機構の中に組み込まれ、その中において「富岡」の地名がたびたび歴史の中に登場するようになってきました。
     幕藩体制の中では、現在町内にある大字と呼ばれている小浜、上郡山、下郡山、本岡、毛萱、大菅、仏浜、小良ケ浜、上手岡などの小さな村々が各々の行政の役割を持って人々の生活の安全と秩序を保ってきましたが、明治時代にはいって、これらの村々が大きく二つになって富岡町の基礎ができ、昭和30年に現在の富岡町が誕生しました。

     富岡町が誇る大きな観光資源として「夜の森の桜とツツジ」がありますが、この桜とツツジは、明治時代の末から大正にかけて夜の森の地を開拓した半谷清寿、六郎父子の時代の先を見越した努力がありました。また、夏の夜空をこがす「麓山の火祭り」は、古く縄文時代にさかのぼるといわれている原始信仰にその根源をたどるもので、記録的には400年近くの伝統を持つ、いわゆる神事として受け継がれている祭りです。このほか、海に面した富岡町には、現在使用されてはおりませんが『日本一小さなみなと』である小良ケ浜漁港があります。この漁港は、良港のなかった富岡町の小良ケ浜の小さな入り江に、私財をなげうって崖に洞門(トンネル)を作って港を開いた三瓶一見翁の血と汗に満ちた苦労と努力がありました。また、同じ小良ケ浜に、関根熊吉さんという人がおり、田村郡船引町に住んでいた「佐久間績」という先生について最上流和算を極めました。現在、神社に奉納された纂額が残されておりますが、幾何学を勉強した人でもちょっと解けない様な高等数学で、ややもすると忘れられかけようとしている先人の知恵が見事に残されています。

     昭和40年代に入って富岡町をはじめ福島県の太平洋沿い、いわゆる゛浜通り゛に東京電力の発電所建設が始まり、原子力や火力発電所発電所といった電力の供給によって産業経済の発展に寄与してきました。
     古代には、鉄を主として鉱物資源の産出がみられた富岡町を始めとするこの地域は、新たなエネルギーの供給基地として躍動しています。